静岡水わさびの伝統栽培

日本固有の香辛料

わさびは、アブラナ科の植物に属す日本の固有種だ。根茎部分をすりおろすと清涼感のある辛味が生じるため、鮨、刺身、そばなどの薬味として、古くから和食に欠かせない食材となっている。近年は肉料理にも用途が広がり、香辛料としての評価も世界レベルになりつつある。

門外不出の御法度品

日本原産のわさびは、国内各地の山間地に自生し、静岡市葵区の有東木地区にある佛谷山(ぶっこくさん)(通称わさび山)にも自生地がある。その野生のわさびを慶長年間(1596年~1615年)に同地区の「井戸頭」と呼ばれる湧水源付近に植えたことが、世界のわさび栽培の始まりとされる。1607年、駿府城で晩年を過ごしていた徳川家康が、献上されたわさびに魅了され、同地区からわさびを持ち出すことを禁じたという言い伝えも残る。門外不出の御法度品となったわさびは、しばらくの間、有東木を出ることはなかったが、18世紀の中期に伊豆地域へ栽培法が伝播し、1892年頃には、中伊豆の石垣づくりの石工技術者が「畳石式」と呼ばれる栽培方式を開発。その後、「畳石式」による栽培法が伊豆地域、静岡地域へ広まり、やがて日本各地に普及していった。


静岡地域を代表する有東木地区


噴火によって作られた地蔵堂地区のわさび田

地沢式から畳石式へ

わさび栽培が始まった当初は、「地沢式」と呼ばれる栽培法が主流だった。「地沢式」は、急峻な地形において、3~4%の傾斜があるわさび田に砂礫を敷く、最も古い栽培方式であり、水量の変化が大きい急傾斜地でも築田できるメリットがある。一方、19世紀後半に開発された「畳石式」は、下層から上層へ向けて、大中小の石を順に積み上げ、表層部に砂礫を敷く複層構造。豊富な湧水をかけ流すことで、不純物のろ過、水温の安定、栄養分や酸素の供給を同時に行えるため、わさびの安定生産が可能になる。現在、静岡県内で「地沢式」が残っているのは、一部の急傾斜地のみ。栽培地のほとんどが収益性の高い「畳石式」を採用している。国内には「渓流式」や「平地式」も存在するが、いずれも水量の影響を受けやすく、根茎の肥大化は低い。


畳石式わさび田のしくみ

わさび栽培の理想形

わさびは、デリケートな植物だ。低温と高温に弱く、生育に適した水温は、8~18℃とされるが、年間の水温差が少ないほど(3~4℃以内)収量が多くなる。棚田状の階段構造を持つ「畳石式」は、良好な生育に欠かせない冷涼で溶存酸素を多く含んだ水を年間にわたって供給できるため、軟腐病などの病気を回避できる上に、根茎の肥大化も進む。つまり「畳石式」は、収量と品質の両面において理想的な方式であり、わさびの根茎生産に最も適していると言える。こうして生産されたわさびは、和食文化を担う食材として世界的にも注目されている。

静岡が日本一である理由

静岡県は、栽培発祥から現在に至るまで、わさび産地として日本一を誇る。その理由としては、栽培初期に徳川家康が有東木のみで栽培を認めていたこと、19世紀前半に大消費地の江戸へ新鮮なわさびを船で輸送することができたこと、1892年に畳石式のわさび田が開発されたことなどが挙げられる。近年は、日本各地で栽培が行われているが、静岡県のわさび栽培地域は、多量の降雨や地質に恵まれた自然環境を有し、年間を通じて13℃前後の湧水が豊富に湧き出しているため、栽培適地として優れており、収量・品質ともに日本一の座を守り続けている。ただし、それらの背景には、人々の鋭意努力や創意工夫があったことも明らか。その意味で、静岡水わさびの伝統栽培は、清流の恵みと人智の結晶と言えるだろう。


わさび栽培システム